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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2177号 判決

控訴人 遠井理則

右訴訟代理人弁護士 石川浩三

同 福田哲夫

同 石川清子

被控訴人 利木成安

右訴訟代理人弁護士 松本勝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

1.原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

2.被控訴人の請求を棄却する。

3.訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

二、被控訴人

主文と同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、被控訴人の請求の原因

1.被控訴人は、昭和五五年四月二五日、控訴人に対し一、五〇〇万円を、弁済期日同年八月三一日、利息年一割五分、遅延損害金年三割の割合との定めによって貸し渡す旨控訴人との間において合意をし、弁済期日までの利息として二六一万円を天引きしたうえ、残余の一、二三九万円を控訴人に交付した(以下この契約を「本件消費貸借契約」という。)。

2.よって、被控訴人は、控訴人に対し、右元本から右天引き利息中利息制限法第二条の規定に従って元本の支払いに充てたものとみなすべき一九九万〇、五〇〇円を控除した残額の元本一、三〇〇万九、五〇〇円及びこれに対する弁済期日の翌日の同年九月一日から支払い済みに至るまで年三割の約定割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因事実に対する控訴人の認否

請求原因事実は、すべて否認する。

もっとも、控訴人は、訴外今泉興喜(以下「訴外今泉」という。)が事業資金を借り入れるについて、貸主として被控訴人を訴外今泉に紹介し、また、抗弁1記載のような事情により、被控訴人主張のような約旨の記載のある昭和五五年四月二五日付金銭消費貸借契約書(甲第一号証)に借主として署名捺印したことはあるが、被控訴人から金銭を借り受けたのはあくまで訴外今泉であって、控訴人ではなく、右金銭消費貸借契約書に控訴人が借主として署名捺印したのも、いわば「控訴人こと訴外今泉」という趣旨のものにほかならない。

また、訴外今泉が被控訴人から交付を受けたのは、一、二三九万円ではなく、一、一〇〇万円に過ぎない。

三、控訴人の抗弁

1.仮に本件消費貸借契約の借主が控訴人であるとしても、本件消費貸借契約は、次のとおり心裡留保によるものであって、無効である。

すなわち、訴外今泉は、離婚した妻の訴外今泉ヨシイ並びに未成年の子の訴外今泉智喜及び同今泉文利の共有する福島県郡山市横塚六丁目五六番 宅地 七二五平方メートル、同所五六番地所在 家屋番号横塚六丁目五六番一 木造鉄板葺平家建居宅 床面積 四三・七四平方メートル外同所五六番地所在の家屋番号横塚六丁目五六番の二から六までの五棟の建物(以下「本件不動産」という。)を担保に供して被控訴人から金銭を借り受けようとした。ところが、訴外今泉は、司法書士の訴外目黒又作から借主を訴外今泉としたのでは本件不動産の担保提供行為が利益相反行為に当たるおそれがあるとの助言を受けたため、控訴人に対して名義上の借主となることを求めた。そこで、控訴人は、真実は訴外今泉が借主であり、自己が借主となる意思はないにもかかわらず、借主として本件消費貸借契約を締結したものである。そして、被控訴人は、控訴人の右のような真意を知り又は知り得べきであったものである。

2.仮に右抗弁1が理由がないとしても、本件消費貸借契約上の債務は、次のとおり代物弁済により消滅した。

すなわち、訴外今泉ヨシイ、同今泉智喜及び同今泉文利は、昭和五五年四月二六日、被控訴人との間において、本件消費貸借契約に基づく被控訴人の債権を担保するために、控訴人が債務の弁済を怠った時は、被控訴人は、なんらの意思表示を要することなく、右訴外人らの本件不動産の共有持分を確定的に取得するものとするとの内容の譲渡担保契約を締結し、本件不動産について被控訴人のために福島地方法務局郡山支局昭和五五年五月六日受付第一六九四七号をもって共有持分全部の移転登記をした。

そして、控訴人は、弁済期日に本件消費貸借契約に基づく債務を弁済しなかったので、被控訴人は、本件不動産の共有持分全部を取得し、これによって控訴人の右債務は消滅した。

四、抗弁事実に対する被控訴人の認否

1.抗弁1の事実は、否認する。

2.同2の事実中、本件不動産について控訴人主張のような共有持分全部の移転登記がされたこと及び控訴人が弁済期日に本件消費貸借契約に基づく債務の弁済をしなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、原本の存在及び〈証拠〉を総合すると、次のような事実を認めることができる。

1.控訴人は、昭和五三年頃に訴外今泉と知り合い、金銭を貸し付けるなどしていた間柄であって、昭和五五年春頃にも、同人から事業資金として約二、〇〇〇万円前後の融資方の申し入れを受けたが、同人に対しては既に一、〇〇〇万円以上を貸し付けていたため、他の貸主を紹介するにとどめることとし、訴外久保田賀一郎、同川津某及び同星英行の紹介によって、融資元として金融業を営む被控訴人を知り、訴外今泉には被控訴人から融資を受けさせることとした。

2.そこで、控訴人は、訴外今泉に対して被控訴人から融資を受けるべき旨の話を持ち込むとともに、同年四月中に再三にわたって、訴外今泉及び被控訴人の意を受けて被控訴人のために交渉に当たっていた訴外星英行と会して協議を遂げ、結局、被控訴人が訴外今泉に対して一、五〇〇万円を貸し付けること、訴外今泉は離婚した妻の訴外今泉ヨシイ並びに未成年の子の訴外今泉智喜及び同今泉文利の共有にかかる本件不動産を被控訴人のために担保に供することにすることに概ねの合意をみた。

3.かくして、被控訴人、控訴人及び訴外今泉は、同年四月二五、二六日頃、契約及び登記関係書類の作成方を委任した司法書士の訴外目黒又作とともに会して、関係書類を作成することとした。

ところが、訴外目黒又作は、その際、本件不動産の共有者の訴外今泉智喜及び同今泉文利が訴外今泉の未成年の子であって、被控訴人からの融資先を訴外今泉としたのでは、本件不動産の担保提供行為が利益相反行為となるおそれがあるとの懸念を示した。そこで、右関係者らが再度協議した結果、控訴人においては、いずれにしても本件不動産が担保に供されるのであるから、自己が債務の弁済をしなければならない事態になることはないものと考えて、借用証書上又は借用名義上(当事者のこのような認識を法律上どのように解するべきかは、後に検討するところである。)、自己を借主とすることを承諾し、他方、被控訴人においても、本件不動産を担保とする以上、借主の如何はそれ程重要な問題ではないと考えて、借用証書上又は借用名義上、控訴人を借主として融資することとした。

このようにして、控訴人は、右同日頃、被控訴人の主張と同旨の約定の記載のある同月二五日付の金銭消費貸借契約書(甲第一号証)に借主として署名捺印し、また、本件不動産についての訴外今泉ヨシイ、同今泉智喜及び同今泉文利と被控訴人との間の同月二六日付譲渡担保契約証書(乙第一号証)にも借主として署名捺印した。

4.そして、被控訴人、控訴人及び訴外今泉は、同年五月七日、金銭の授受等のために再度会したうえ、被控訴人において、貸付金一、五〇〇万円からこれに対する右同日から弁済期日の同年八月三一日までの間の利息として二六一万円を天引きした残額の一、二三九万円を現金及び小切手(額面金額七〇〇万円及び三〇〇万円の二通)で控訴人に交付し、控訴人においては、右の小切手に自己を受取人として署名、押印し、これを現金化して、内五〇〇万円を控訴人の預金口座に振替送金し、残り五〇〇万円を訴外今泉に交付したが、後日右振替預金五〇〇万円の内金二〇〇万円を訴外今泉の控訴人に対する貸付金債務の弁済に充てることにするとともに、その残余三〇〇万円を訴外今泉に更に交付した。

前掲乙第一〇号証記載の供述、証人星英行の証言及び控訴人本人尋問の結果中、以上の認定に反する部分は、措信することができず、他には右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、以上のような事実関係の下において、本件消費貸借契約における借主の如何及び控訴人の抗弁1の成否について、検討する。

本件消費貸借契約における借主はあくまで訴外今泉であるとし、あるいは、仮に控訴人が右契約における借主に当たるとしても、控訴人には自己が借主となる意思はなかったとする控訴人の本訴における主張及び供述の本旨は、要するに、本件消費貸借契約の実質的な借主は訴外今泉であり、控訴人は単なる形式上又は名義・名目上の借主に過ぎないというものである。そして、このように、形式上又は名義・名目上の契約当事者と実質上契約当事者とが別人であるといわれる場合において、必ずしも前者は単なる符牒に過ぎず、常に後者が法律上の契約当事者に当たるものということもできず、結局、当該事案の具体的事情の下において、形式上又は名義・名目上の契約当事者と実質上の契約当事者とを分化させた当事者の意図ないし意思が当該契約の法律効果をいずれに帰属させることとするにあるのかを判断して、法律上の契約当事者がいずれであると解すべきかを決するほかはない。

これを本件についてみるに、先に認定したとおり、そもそも、控訴人、被控訴人及び訴外今泉が協議したうえ、本件消費貸借契約における借用証書上又は借用名義上の借主を控訴人とすることとしたのは、名と実とを一致させ本件消費貸借契約における経済的効果の帰属主体である訴外今泉をそのまま本件消費貸借契約の借主としたのでは、本件不動産の担保提供行為が利益相反行為となるおそれがあるとの司法書士の訴外目黒又作の懸念又は助言に基づいてであり、本件消費貸借契約の法律効果を訴外今泉にではなく控訴人に帰属させることによって右のような事態の生じるのを避けようとの配慮によるものなのであるから、そこでの右関係者の意思は、控訴人を借用証書上又は借用名義上の借主とすることによって本件消費貸借契約の法律効果を控訴人に帰属させようとするにあったものといわなければならない。蓋し、控訴人の氏名は単なる符牒として使用されたに過ぎず、法律効果の帰属主体としての借主はあくまで訴外今泉であるというのが右関係者の意図ないし意思であるとすれば、敢えて控訴人を借用証書上又は借用名義上の借主としなければならない理由はないのであり、そのように解することが関係者の意思に適うところであるとは解されないからである(もっとも、成立に争いがない甲第四号証によれば、実際には、控訴人と訴外今泉ヨシイとの離婚に際しては、訴外今泉ヨシイが訴外今泉智喜及び同今泉文利の親権者に指定されており、仮に訴外今泉が本件消費貸借契約における借主となったとしても、客観的には訴外目黒又作の懸念したような問題が生じる余地はなかったことが窺われるが、ここでの問題は、本件消費貸借契約締結当時における関係者の現実の意思の如何であるから、このことも、右の認定、判断を妨げるものではない。)。

したがって、本件消費貸借契約における法律上の借主は、控訴人というべきであり、また、控訴人及び被控訴人の意思は、本件消費貸借契約の法律効果を控訴人に帰属させることにあったものというべきであるから、控訴人には自己が借主となる意思はなかったとして心裡留保をいう控訴人の抗弁1は、失当である。

三、次に、控訴人の抗弁2について検討するに、本件不動産について控訴人主張のような共有持分全部の移転登記がされたことは当事者間に争いがなく、また、前記金銭消費貸借契約書(甲第一号証)及び譲渡担保契約証書(乙第一号証)には、本件不動産を被控訴人の本件消費貸借契約上の債権の担保のために譲渡担保に付する旨の文言の記載があり、共有者本人及び未成年の子である訴外今泉智喜、同今泉文利の親権者としての訴外今泉ヨシイ名義の署名及び捺印がある。

しかしながら、右各書証中の訴外今泉ヨシイ作成名義部分が真正に成立したものであることを認めるには足りる証拠はなく(もっとも、本件記録中の原審の書証目録の記載によれば、右乙第一号証の成立には争いがない旨の記載があるけれども、被控訴人の本訴における主張の趣旨に照らせば、右書証中の訴外今泉ヨシイの作成名義部分に関する限り、被控訴人の主張の本旨が右作成名義部分は訴外今泉の偽造にかかるものであるとするにあることは明らかであって、右書証目録の記載は、誤記と解するのが相当である。)、他には訴外今泉ヨシイが共有者本人及び訴外今泉智喜、同今泉文利の親権者として被控訴人との間において本件不動産について控訴人主張のような譲渡担保契約を締結したことを認めるに足りる証拠はないばかりか、かえって、前掲甲第四号証、乙第一〇号証ないし第一四号証、原審における証人星英行の証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば、訴外今泉は、本件不動産について被控訴人のために譲渡担保契約を締結することについては、その共有者本人及び訴外今泉智喜、同今泉文利の親権者としての訴外今泉ヨシイの了解を得ることなく、同人の印章等を冒用して前記金銭消費貸借契約書及び譲渡担保契約証書を偽造するなどして、被控訴人のために前記共有持分全部の移転登記をしたものであり、訴外今泉ヨシイは、右の事実を知るや、本件不動産の共有者本人及び訴外今泉智喜、同今泉文利の親権者として、被控訴人を被告として右登記の抹消登記手続を求める訴えを福島地方裁判所郡山支部に提起し、昭和五六年一二月二一日に勝訴判決を得て、右判決はそのまま確定したことが認められる。

したがって、訴外今泉ヨシイ、同今泉智喜及び同今泉文利が本件不動産について被控訴人との間において譲渡担保契約を締結したことを前提とする控訴人の抗弁2も、失当として排斥を免れない。

四、そして、先に認定したところによれば、被控訴人は、昭和五五年四月二五、二六日頃、控訴人との間において、一、五〇〇万円を、弁済期日同年八月三一日、利息年一割五分、遅延損害金年三割の定めにより貸し渡す旨の合意をし、これに基づいて、同年五月七日、貸付元本一、五〇〇万円からこれに対する右同日から弁済期日の同年八月三一日までの間の利息として二六一万円を天引きした残金一、二三九万円を控訴人に交付し、本件消費貸借契約が成立したのであるから、控訴人は、被控訴人に対して、右元本一、五〇〇万円から天引き利息中利息制限法第二条の規定に従って元本の支払いに充てたものとみなすべき二〇一万四、二六二円を控除した残額の元本一、二九八万五、七三八円及びこれに対する弁済期日の翌日の昭和五五年九月一日から支払い済みに至るまで年三割の約定割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そうすると、被控訴人の本訴請求を右の限度内で認容した原判決は正当であって(被控訴人は、控訴していない。)、本件控訴は理由がない。

五、よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担については民事訴訟法第九五条及び第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 越山安久 村上敬一)

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